“公・民・学”で展開する、地域に根差したまちづくり
まちづくりに関わる人や大学研究室の活動を紹介するこの連載。今回は千葉県柏市の北西部に位置する柏の葉エリアで、地域に密着した長期的なまちづくりを実践している東京大学大学院新領域創成科学研究科教授の出口敦先生にお話を伺った。
近年発展と成熟が進む柏の葉エリアにおけるまちづくりの核・柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)について、また地方都市と大都市の未来像など、都市工学の第一人者に幅広いお話を伺った。
研究室Webサイト:http://udcx.k.u-tokyo.ac.jp
UDCK Webサイト:https://www.udck.jp
UDC Initiative Webサイト:https://udc-initiative.com
未来をつくるキャンパスタウン
都内からつくばエクスプレスに乗って約30分で到着する柏の葉キャンパス駅。ここを中心として広がる柏の葉エリアは、県立柏の葉公園、東京大学柏キャンパス、千葉大学柏の葉キャンパス、国の機関などが立地する人気の学園都市である。2005年のつくばエクスプレス開通にあわせて、このエリアは土地区画整理事業を軸とした大規模な都市開発が推進され、現在では新たに整えられた街並みと街路樹の緑が調和した魅力的な街として発展を続けている。
さて、柏の葉キャンパス駅を下車して西口ロータリー広場に出ると、外壁のガラスに“UDCK”と掲げられた大きなサインが目に入る。ここが出口敦先生(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)がセンター長を務める柏の葉アーバンデザインセンター(Urban Design Center Kashiwa-no-ha/以下、UDCK)である。
柏の葉エリアの空撮(2018年)
駅西口のロータリーに面して立地するUDCK
まちづくりの核となるUDC
東京大学大学院の出口敦研究室(空間計画研究室)は都市デザイン学・都市計画学を基に、様々なまちづくりの計画とデザインを探求しているが、その活動のひとつにアーバンデザインセンター研究がある。最初にこのアーバンデザインセンター(Urban Design Center/以下、UDC)とは何か、出口先生に伺う。
「UDCとは、一言で言えば“地域が主体となって街を創るための拠点”です。まちづくりの理念を実現するためには、行政主導の都市計画や市民のまちづくりといった枠組みを超えて、地域に係る多様な主体が連携し、そこに私たちのような都市デザインの専門家が専門的立場から携わる必要があります。この新しいかたちのまちづくり組織、もしくはそのための拠点がUDCです。このUDCの創設には私の前任の教授であった故・北沢猛先生が大きな役割を果たされました。ここUDCKは行政・民間企業・大学が参画して創られた最初のUDCです。ここでは柏の葉エリアのまちづくりに携わっている他、国内外の事例の研究、そしてUDCK自らがモデルとなって、UDCネットワークを全国に広げる活動を展開しています」。(以下、「」内は出口先生)
ここUDCKは2006年11月に誕生したが、その3年後に北沢先生が亡くなり、その後、3代目のセンター長として出口先生が引き継ぎ現在に至っている。また、現在UDCは国内外20の地域に展開しており、その数はさらに増加する傾向にある。
UDCKの内観。UDCKの拠点はこれまで街区開発に伴って2度移転しており、現在の施設は3代目(2014年〜)となる*
初代施設(2006〜2010年)は現在と同じ位置にあり、オープンデッキが市民の憩いの場として親しまれた*
2代目施設(2010〜2014年)は駅の東口に開設され、2×4工法による大規模木造耐火建築の実験施設としてつくられた*
公・民・学の連携と開かれた拠点
UDCの活動を理解するキーワードとなるのが“公(公共)・民(市民・住民/民間事業者)・学(大学/学生)の連携”である。
「“産・官・学の連携”という言葉をよく耳にしますが、そこに“市民”は入っていません。“公・民・学の連携”は北沢先生が遺された言葉ですが、まちづくりという行為はそこで生活する人々が誰でも参加できることが重要だ、という思いがここに込められていると、私は解釈しています」。
住民と一体になって取り組むまちづくり。柏の葉エリアにおけるその拠点・UDCKは、駅前という街の中心地にガラス張りの施設として存在していることがポイントである。街の問題を皆で議論して解決方法を探る課題解決の場は、密室ではなくオープンな場であるべきだと出口先生は語る。
「そう言う意味で駅前にあって、中の様子がいつでも見ることができるこのUDCKは、まちづくりの拠点として理想的だと思います。もしこれが外から存在がわからないような、どこかのビルの中に入っていたら十分に役割を果たせないと思います」。
住民とまちづくりの議論を行う場としてUDCKで開催されているシンポジウム*
将来的なまちづくりの担い手を育てることを目的とした市民講座「UDCKまちづくりスクール」*
大きな視野から街に関わり続ける
柏の葉の街の様子
“公・民・学の連携”という理念の下、大学は具体的にどのようにまちづくりに関わっているのか。
「開発事業自体は、行政や民間ディベロッパーの主導によるケースが多いですね。ただ、行政の担当者は数年毎に異動で代わってしまいますが、私たち大学の人間はプロジェクトにずっと関わることができます。また民間ディベロッパーは事業者として成果を出すことが不可欠のため、短期的な成功や部分の最適化を求めます。それに対して私たち大学の専門家は俯瞰的な観点から“こうあるべき”ということを提案できます。このようにプロジェクトに対して長期的、俯瞰的にアプローチすることが大学の役割で、これはまちづくりにおいて非常に重要だと考えています」。
また、柏の葉エリアを例に挙げると、約273haという広大な敷地において道路等を整備する土地区画整理事業は千葉県の施行で実施されているが、整備後の管理等は柏市が担うこととなっている。このような組織間の様々な調整も大学の専門家が担う役割ともなっている。
さらに、こうした土地区画整理事業は実施前に全体的な観点から道路網の計画や土地所有者に対する換地といった大枠を決定する。計画策定後に数十年という長い歳月を掛けて実際の整備事業が実施されていくのだが、その実施期間中に社会・経済情勢に変化が生じ、土地所有者が換地後の土地利用で敷地内の最適化を求めるなど、計画当初は予測できなかったような問題も発生する。このように事前確定的な事業における、現場での調整もUDCKが担っている役割の一つである。
「例えば、道路や駅前広場にどのような並木を植えるかもその一例で、現場で関係者との調整が欠かせません。このように長期的に街に関わりながら、俯瞰的な視点で課題を解決していく機能をUDCKが担っているのですが、このUDCの仕組みは横浜市役所に勤務した経験もある北沢先生の知見が活かされていると思います」。
屋台で街の賑わいを生み出す
柏の葉キャンパス駅前の公共空間で展開している「屋台プロジェクト」の様子*
柏の葉エリアでは、学生たちも様々なかたちでまちづくりに参加してきた。その中で2015年から出口研究室として取り組んでいるのが“屋台プロジェクト”である。出口先生は、まちづくりにおいてマスタープラン策定に代表される長期的な計画立案だけでなく、仮設ユニットを用いるような短期的な戦略による賑わいの創出も重要だと考えており、両者を組み合わせた新しい都市デザイン手法が出口研究室の研究テーマのひとつだと言う。“屋台プロジェクト”は、柏の葉キャンパス駅周辺の公共空間に賑わいをもたらすための実証実験として実施されてきた。
「8年前まで私は九州大学にいましたが、そこで“アジアの都市研究”と称して福岡や博多、そしてアジア各国の屋台について研究をしていました。こうした仮設的なものに街の賑わいをつくり出す可能性を感じたためです。そして柏の葉エリアのまちづくりがスタートして何年か経った頃、大分街らしくなってきたものの飲食機能が少ないのではないかという声が多く寄せられました。ただそれがどの程度の需要であるのかをリサーチする必要があり、この屋台プロジェクトをはじめました」。
公共空間のデザイン・マネジメント
屋台は研究室で設計されたアルミ製の折りたたみ可能なもの。この仮設ユニットを駅前の公共空間にもち出して屋台村をつくるのだが、ここでも“公・民・学の連携”の理念に基づいたシステムが構築されている。行政は公共空間を提供するものの、営利的な屋台を直接運営することはできない。そこで屋台は学生と民間の飲食店が出店するかたちが採られた。
「学生の屋台は彼ら自身がアイデアを考えますが、単に飲食を提供するだけのものではありません。最初の年に実施したのはコースターづくりです。週末の夕方から夜にかけてお店を開いて、足を運んでくれたご家族の写真を撮らせてもらい、20分ほどビールなんかを飲んでもらっている間に、その写真をレーザーカッターでコースターに焼き付けるのです。このコースターづくりはすごく盛況で、学生も子どもたちから『お兄ちゃん、早くつくってよ』と言われながら休みなくつくり続けていました(笑)。
その後もクリスマス飾りを子どもたちがつくる屋台や、国際会議で柏の葉に来ていた外国の方々に名前を聞いて、その名前を漢字表記で木の箸に掘ってあげる屋台。そして地元のお寿司屋さんとコラボして、研究室の学生がレーザーで模様を入れた海苔を使ってお寿司を提供する屋台なども実施しました」。
一連の取り組みでは、学生たちが屋台村に足を運ぶ人の数などを調査・分析しており、その結果、駅前の公共空間に家族連れを中心とした飲食需要が多いことが判明した。このリサーチ結果を受けて、駅から柏の葉T-SITEへの動線となるつくばエクスプレスの高架下空間に、民間ディベロッパーの手による新たな飲食街の整備が実現した。
「こうした取り組みは従来の都市工学っぽくありませんね(笑)。しかし学生が住民の皆さんと交流しながら、街に何が必要とされているのかを自分たちで考える実践活動は重要です。“屋台プロジェクト”とは、要するに公共空間のデザイン・マネジメントなのです。それを学生たちと一緒に勉強しながら実践しているのです」。
都心や地方を含めて、まちづくりでキーとなるのは公共空間のデザイン・マネジメントだと出口先生は言う。このUDCKに限らず、松山市のUDCM(Urban Design Center Matsuyama)でも歩行者が快適に行き来できる通りのデザイン・マネジメントを展開するなど、UDCでは共通テーマとして通りや駅前広場といった公共空間のデザイン・マネジメントに取り組んでいる。
高架下空間に新たに整備された飲食街
地方創生と時間のデザイン
出口先生は東京・渋谷で生まれ育ち、幼い頃の遊び場所であった「代々木第一体育館」(1964年/設計:丹下健三)に心を動かされて建築を志す。東京大学に入学後、丹下健三氏が開いた都市工学科に進んで卒業後、31歳の時に助教授として九州大学に赴任する。
「たまたまご縁があって九大に行ったのですが、東京で生まれ育った私にとってこれは大きな転機になりました。それまで私は東京の問題が日本の都市問題だと勘違いをしていたのです。九大で仕事をする中で東京は日本のほんの一部であり、ほとんどは地方なんだと実感しました。こうした地方都市をどのように元気にしていくのか、現場で模索しながら考えました」。
九大に赴任した1993年頃、福岡では様々な開発計画が進んでおり、出口先生は九州大学の移転に伴う新キャンパスのマスタープラン策定や、福岡市アイランドシティ計画などの大型プロジェクトに携わる。またそうした大規模開発の一方で、衰退しつつあった地方都市を活性化させる仕事も多く手掛けた。さらに大発展を遂げる前の上海の再開発計画にも参加している。
このように様々な場所で様々なタイプのまちづくりに携わってきた出口先生の目に、日本の地方都市の未来はどのように見えているのか。
「今、私の研究室ではソサエティー5.0(Society 5.0)に関する研究を行っています。これは2016年に第5期科学技術基本計画における“未来社会のコンセプト”として日本政府が提唱したもので、“情報社会”の次に到来する社会のあり方を探求するものです」。
今、情報技術の進歩や働き方改革などを背景として、二地域居住やサテライトオフィスなど、地方ならではの良さを享受するライフスタイルが注目されている。
「国は政策として地方創生を掲げていますが、その成否を分けるポイントは地方でも仕事をつくり出すことができるか、もっと言うと地方で豊かに暮らす時間をつくり出すことができるかどうかだと私は思っています。ソサエティー5.0の研究を進める中で私は強く感じるのですが、私たちの分野はこれまで都市や建築の空間そのものをデザインすることに一生懸命取り組んできました。しかし、働き方改革に象徴されるように、今社会で叫ばれているのは“時間に関わる問題”です。本当の豊かさとは何か。それは人生の時間ではないかと最近私は強く感じています。その中で都市計画家や建築家の仕事というのは、ライフスタイルなど“人生の時間をデザインする”という方向に向かうべきだと思っています」。
それぞれの地域にはその地域ならではの魅力的な資源が必ずある。その資源を活かし、その地域ならではの時間の過ごし方をモデルとして打ち出すことができれば、賛同する人々が自然と地方に集うのではないかと出口先生は期待を寄せている。
出口先生がマスタープラン策定に関わった九州大学新キャンパス計画(2001年)
大都市の未来像
一方で東京に代表される大都市の未来像はどのようなものか。50年後の日本の大都市像について、出口先生に聞いてみた。
「難しい質問ですね(笑)。私は米国・ボストンに1年ほど住んでいたことがあります。ボストンは150年ほどの歴史があるとても美しい街ですが、チャールズ川河口付近のバック・ベイ地区などは元々海だったところを埋め立てた人工的な場所なのです。それが今では本当に自然の護岸のような美しい場所になっています。だから人工的につくり上げた都市も50年、100年と歳月を経ると環境の一部として調和していくのではないでしょうか」。
事実ここ柏の葉エリアも、開発時に植えられた街路樹を数年間UDCKをはじめ地元の方々が大切に管理・育成し続けた結果、現在では街のオープン当初とは比べものにならない程豊かに成長した緑が建物や街路と馴染み、魅力的な街並みを形成している。
「今、東京について研究しはじめているのですが、“50年後の東京の姿”を想像したとき、絶対に現在の骨格は残すべきだと思っています」。
東京の骨格とは何か。出口先生はそれは山手線だと言う。
「山手線って、世界の都市を見回してもちょっとないくらい素晴らしい骨格だと思っています。都心の環状線として山手線があり、そこから放射状に鉄道網が広がって時間通りに人を輸送している。海外の人々からするとこれは驚くべきことなんです。これは明治時代に都市化を進めたタイミングが、ちょうど鉄道全盛期と重なったからできたことですね。今、新興国で都市化が進んでいますが、自動車時代の現代に都市を整備すると高速道路の環状線を真っ先に考える。すると街の骨格が非常に認識しにくいものになり、結果としてテーマパークを繋いだような印象の都市になります。東京は鉄道を中心とした骨格と緑が軸の街であって欲しいと思っています」。
ただ近い将来、どこにいても仕事ができるような時代が到来するだろう。そういう時代が訪れた時、企業の通勤手当が大きな需要源である鉄道網は、将来的に以外と脆弱かもしれないと出口先生は危惧している。
「ただ二酸化炭素排出量の観点などから大都市の鉄道網は重要ですし、私はこれからの時代においても、今の都市の骨格を維持することが望ましいと思っています。そこで今とは逆に、都心に住んで郊外の仕事場に電車で通う“リバース・コミュニティ”が盛んになると面白いかもしれません」。
米国・シリコンバレーで働く人々の間では娯楽の多い都会に生活の場を設け、静かな郊外の仕事場に通うというスタイルが既に定着していると聞く。近い将来、日本でも都心に住み、緑豊かな柏の葉エリアに働きに行くことが主流になる時代が来るかもしれない。
緑が育ち、街区との調和しつつある柏の葉エリア
エリア内にあった調整池を、市民が憩える親水空間へと再生した「柏の葉アクアテラス」(2016年)は、土木学会デザイン賞(優秀賞)を受賞している*
[*印の写真提供]UDCK