1. TOP
  2. Our Activity
  3. 「場所」「人」「時」と繋がるカフェの空間デザイン

Our Activity

読書で知るまちづくり

「場所」「人」「時」と繋がるカフェの空間デザイン

カフェの空間学

2019年

著者:加藤匡毅

発行:学芸出版社

世界中の都市で多彩な発展を続けているカフェ。その存在はその街の個性や人の営みとも深い関係をもっている。本書は建築家として活躍する著者が、その設計活動の核としている“場所とのかかわり”“人とのかかわり”“時間とのかかわり”という視点から世界の39店を選び、写真とスケッチを中心に紹介するものである。

カフェは現代都市に欠かせない存在である。
1杯のコーヒー代で、誰もが思い思いの時間を過ごすことができるその空間では、ある人は会話を楽しみ、またある人は賑わいを感じながら読書などを楽しんでいる。最近ではこの文章を書いている私のように、PCを広げている人の姿も珍しくない。このようにカフェは多くの人が頻繁に足を運ぶ場所であり、自分のお気に入りの店があるだけで、その街で過ごす時間がより楽しいものとなる。
本書は建築家として活躍する著者・加藤匡毅氏が、仕事や旅行で訪れた世界の街のカフェから、特に印象に残ったお気に入りの39店を紹介するものであり、その中には著者自身が設計を手がけた店も含まれる。都市のリバーサイドにあったり、見渡す限りの水田の中にあったりと、そのロケーションはもちろん広さや使われている素材など異なる魅力をもつカフェが、それぞれ空間的にどう構築されることで“特別な空間”となっているのか、建築のプロの視点から考察されている。驚くべきは本書をまとめるにあたり、著者自身がカメラ・スケール・紙・ペンを手に各店舗を再訪し、店のオーナーや設計者へのヒアリングを実施したそうだ。こうして分析された各店の空間的魅力は著者のスケッチというかたちでそのポイントがわかりやすくてまとめられており、建築やインテリアの専門家以外の読者にも親しみやすく楽しめる内容となっている。

さて、今回この本のレビューを書くにあたり、幸運にも著者である加藤氏に直接お話を伺う機会を得た。加藤氏はカフェの魅力についてこう語る。
「カフェの面白いところは、コーヒー好きはもちろん、会話が好きだったり、そこから見る景色が好きだったり、そこで時間を過ごすこと自体が好きだったりと、様々な理由を入口として多様な人が集うというところです。私自身は、世界の街のカフェを訪れ、周囲に知らない言語が飛び交う中で、人々の佇まいや街の様子を眺めることが好きです。自分がそうした“居心地の良さ”を感じる要因って何だろうと考えてみると、自分から少し離れたところ、例えば隣の人であったり、視線の先の街の様子であったり、都市のそのエリアのことであったり、そうした自分の身体的範囲を超えたところまで思いを巡らせられることなのかなと思います。私はカフェのそうした部分に“居心地の良さ”を感じますので、本書でも光や風、街の見え方、そして人との距離感といった“そこに身を置いた時、他の存在とどう繋がるのか?”という部分を中心に、スケッチに記しています。ただこれはあくまで専門家としての私の切口ですので、皆さんのお気に入りのお店がなぜ居心地良く感じるのか、そういう興味をもたれるきっかけになれば嬉しいですね」。(以下、「」内は加藤氏)

今、世界は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の脅威に覆われている。本書をまとめた時にはこうした状況は想像もできなかったと言う加藤氏は、現在の社会状況を踏まえてこのように話す。
「世界で都市のロックダウンが行われ、日本でも緊急事態宣言によって一時“人が集う”という行為は“しないこと”とされました。そういう状況下で人が集まらなくてもある程度は情報の共有ができるという経験をしましたが、その一方で現実にカフェという空間に人が集い、自分の身体を超えたところにある空気を感じられるという体験の重要性について再認識しました」。
本書には世界の多くの都市のカフェが掲載されているが、加藤氏はアフリカやラテンアメリカなど、まだまだ自分が知らない地域がたくさんあると言う。そして将来的にはそういった“生産地により近いエリア”におけるコーヒーの楽しみ方や人の集う在り様にも目を向けたいと話す。
「例えば大勢の人が行き交う市場の中で一杯を楽しむ姿とか、そうした“寸法を超えた楽しみ方”を是非見てみたいですね」。

最後に私の個人的体験を記したい。本書に掲載された店のひとつに鎌倉の〈Dandelion Chocolate, Kamakura〉がある。加藤氏自身が設計を手がけたこの店は、鎌倉駅の西口と東口を結ぶ歩行者トンネルの入口付近にあった。この場所は前面にトンネルの歩道があり、また建物の階段を利用して登ると線路沿いの上の道路にも出られるという、鎌倉でも非常に面白い場所である。この冬、実際に訪れてみたところ、建物の階段を登る既存の生活動線を残しながらも内部はモダンで洗練された空間となっており、2階の窓際に腰かけて、早朝の静かな鎌倉の街と行き交う人々を眺めつつホットチョコレートを楽しむという、寒い休日の特別なひとときを体験することができた。
残念ながらこの店は今春閉店したそうだが、皆さんも本書を手に是非お気に入りの店を見つけて欲しい。
(文:竹葉徹/デザインオンレスポンス事務局)

Archives