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読書で知るまちづくり

魅力的な都市像について“部分”から考える

都市のイメージ

1968年/2007年(新装版)

著者:ケヴィン・リンチ

訳者:丹下健三 富田玲子

発行:岩波書店

本書が世に出たのは今から60年前の1960年。マサチューセッツ工科大学出版部から『THE IMAGE OF THE CITY』として刊行されたものが原書である。著者は同大学教授の職にあったケヴィン・リンチ氏であり、日本では1968年に丹下健三・富田玲子の両氏による翻訳版が『都市のイメージ』として岩波書店から出版されている。その後、長らく絶版となっていたが2007年に『新装版』として再刊されることとなり、これが今回ご紹介する一冊である。
この『新装版』には、都市研究の古典として名高いリンチ氏の本編に加えて、1968年の刊行時に収録されていた富田玲子氏による詳細な本編の解説や、約半世紀を経た現代の視点から本書の意義や位置付けについて記された都市工学者・西村幸夫氏の寄稿が収録されており、読み手にとってより理解を深めやすいかたちとしてまとめられている。

「都市は生き物のような存在である」とよく耳にする。
現代都市は巨大化・複雑化が進み、その部分と全体において絶えず変化を続けている。このため、都市をつくる素材や工法、人や情報の行き来といったものが限られていた時代と異なり、各都市の構成やその魅力を生み出している成分を仔細に理解することは非常に難しい。
ケヴィン・リンチ氏が記した本書は、このような捉えどころのない現代都市を形態的に紐解いていこうという挑戦の大きな一歩となったものであり、その後現代に至るまで、都市に関わる研究やその創造に携わる専門家たちの間で読み継がれている存在である。ちなみに原書『THE IMAGE OF THE CITY』(1960年)や日本語版『都市のイメージ』(1968年)が刊行された1960年代という時代に目を向けると、日本の建築界では「世界デザイン会議の開催」と「メタボリズム結成」(1960年)にはじまり、東京オリンピック(1964年)を経て「日本万国博覧会」(1970年)に向かっていくという正に高揚の時代であった。この間、著名な建築家たちの手によって戦後を代表するような建築作品が数多く生み出されるとともに、大都市への急激な人口集中に伴い、「海上都市」(1959年/菊竹清訓)・「新宿副都心計画」(1960年/大高正人・槇文彦)・「東京計画1960」(1961年/丹下健三)をはじめとして、整備や景観も含めた“都市のあり方”について、建築家たちの構想が数多く発表された時代でもあった。そうした熱気の中で登場した本書はわが国でも大きな衝撃をもって迎えられたであろうことは想像に難くない。
「われわれは機能的な単位としての大都市地域を急速につくり出しつつあるが、この単位もまたそれ相応のイメージをもつべきである」(本書p.16)という時代に、本書は登場したのである。

このように古典的名著として知られる本書であるが、都市研究の分野において本書が画期的であったポイントは大きくふたつ挙げられる。ひとつ目が、人々がより生き生きと活動できる魅了的な舞台として現代都市を形態的に構築・再編するためには、その大前提として“イメージアビリティ”、つまり“わかりやすさ”が非常に重要であるとしたことである。
本書で用いられるこの“イメージ”という言葉は、ある都市に対して多くの人々が共通して抱く集団としての“グループ・イメージ”を意味しているが、人々の意識にあるこのイメージを具体的に把握するために、イメージに強い影響を与える都市の特徴的な要素をシンボル的に5つ抽出し、それらを通して都市の姿を分析しようという方法を採っている。つまり“都市とは要素の集合である”という考えに基づき、専門家たちの共通言語となり得る客観的な要素を設定したことが、ポイントのふたつ目である。
このように本書は都市について全体から部分へと考えるのではなく、部分の集積の上にその全体像を構築しようとしているが、それは「本書が刊行されるまで、都市を論じた著作のほとんどは、都市を価値ある建物や街路の意図した配置の問題として、計画者や為政者の立場から語ってきた。それを本書はまったくひっくり返して、都市の姿を、あるがままの形態とその背後にある固有のイメージだけをたよりに、そこに住む人々によって感じられるものとしてとらえようとしている」(本書p.277)と西村幸夫氏が寄稿しているように、都市について都市居住者の視点から考えるというスタンスが根底にある。

このように捉えどころの難しい現代都市を考える上で、それを構成している部分から分析するためにリンチ氏が考案したのが、先述の5つの都市の要素であり、本書でもこの部分の解説に重点が置かれている。これらの要素は都市に対する“グループ・イメージ”が実際にどのようにかたちづくられるのかという実験を通して考え出されたものである。特徴の異なる米国の3つの都市を対象に、専門家が歩きながら踏査したり、実際にその街に住む一般の住民からヒアリングすることを通して多くの情報を集積し、そこから都市をイメージする際に多くの人が強く影響される共通の要素として導き出されたものである。
この5つの要素とは、道路・鉄道・運河といった人の通る軸としての「パス」(Paths)、都市の中で川や崖、城壁などのように連続状態を中断する線状の存在である「エッジ」(Edges)、都市の中で独自の特徴が見られる地域や領域「ディストリクト」(Districts)、交差点や街角の寄合所、囲われた広場など、都市内部にある重要な点である「ノード」(Nodes)、都市の内部もしくは外部に点として存在して視認される「ランドマーク」(Landmarks)である。これら5つの要素はリンチ氏が都市を形態的に分析するために生み出したものであるが、その後世界中の専門家たちはこれを都市について考える“基本言語”として時代を越えて受け継ぎ、発展させていった。特に都市の創造を担う建築家たちは、人々がより生き生きと楽しめる街を生み出すために、これらの分析要素を逆に創造するための手法の一部として、それぞれ独自に発展させている。
その一例として、現在日本で「HARUMI FLAG」をはじめとする数多くの街区開発プロジェクトを手掛けている建築家・光井純氏の設計手法について触れてみたい。米国の都市空間づくりの方法論を継承する光井氏のアプローチ*は、事前に対象となる地域や周辺の個性を把握した後、まず新しい街区の骨格となる大規模な街路やオープンスペースのあり方を考え、次に街区のより中・小規模な空間に対して各々の空間的特性や表情を与えていく(プレースメイキングを行う)というものである。この一連の過程において光井氏は線的あるいは面的な空間設計手法を多彩に活用していくのだが、例えば新たな街区において「周辺の既存街路と連続させる」「歩行者ネットワークとしての“小径”を巡らせる」「街路や小径の軸線をずらしたり湾曲させる」という操作は、リンチ氏の要素における「パス」を魅力的に創造するための手法であると言える。また街路や小径が交差する“辻”やそれらが集束する“広場”において、空間の豊かさが増す水景や舗装パターンなどのデザインを施すことは、リンチ氏の言う「ノード」をどう魅力的に構築するかということに繋がる。さらに建物や樹木を列として配置するなどの操作によって街区の中にある領域を生み出す“結界”という手法は、考え方としてはリンチ氏の言う「ディストリクト」を新しい街区内に創出する手法と言えるだろうし、同じく街区内に意図的に視線が抜ける軸をつくって“周囲の美しい風景”をそのアイストップとする手法は、リンチ氏の言う「ランドマーク」を街区に魅力的に取り込む設計手法という見方ができるだろう。
このように、60年前にリンチ氏が踏み出した大きな一歩は、その後の専門家たちの中に様々なかたちで息づいており、都市環境の更なる向上という挑戦と共に、これからも発展を続けていくと思われる。

本の導入文には、著者の最も強い想いが込められているものだ。
そこに記された「都市を眺めるということは、それがどんなにありふれた景色であれ、まことに楽しいことである」というリンチ氏の一文は、拡大と複雑化、そして変化のスピードが著しく増した21世紀の都市と向き合っていくうえで、忘れてはいけない原点を教えてくれる気がする。
(文:竹葉徹/デザインオンレスポンス事務局)

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