1. TOP
  2. Our Activity
  3. 40年後に読む“街並みのバイブル”

Our Activity

読書で知るまちづくり

40年後に読む“街並みのバイブル”

アマゾンから購入

街並みの美学

1979年

著者:芦原義信

発行:岩波書店

わが国でいち早く都市景観の重要性について提起した名著である。著者は戦後を代表する建築家のひとり、芦原義信。初版の刊行は1979年であり、戦後35年になろうかという当時、わが国は国民所得や社会インフラの整備において欧米諸国と肩を並べ、既にかなりの時を経ていた。戦災で一度は焼け野原になった東京も、先進的で素晴らしい建築が数多く建ち並ぶ世界有数の経済都市となっていたが、その一方で都市空間の魅力という面では世界の著名な街とは大きな隔たりがあった。こうした状況と対峙するうえで、著者の芦原義信は「そもそも建築空間とは何か」、「都市空間とは何か」というところから、仔細かつ丁寧に紐解いていく。著者は戦後多くの名建築を手がけてきた建築家として、また世界の街並みを見てきた研究者として、都市のあるべき姿について論じていく。

本書はわが国の建築教育の現場で永く愛読されてきた。それは「街並み」という主題についてのみならず、建築と都市、そしてそれらの日本と西洋における成り立ちや発展など、本書は「空間のあり方」全般について網羅されているため、これらの理解を深める最初の一冊として最適であるためであろう。また日本の風土に軸足を置いて書かれているため、私たち日本人が建築や都市について理解を深めるうえでとても親しみやすい。
本書は大きく4章から成り、前半の1・2章で建築と都市それぞれの空間構成に関する基本的分析が、次の3章で「小空間」「夜景」「記憶に残る空間」に関する掘り下げた考察が展開される。そして4章ではそうした視点から世界のさまざまな都市が纏う魅力について分析がなされている。
建物や通りといった人工物が凝縮された都市に生きる私たちは、日々あたり前に目にするこの風景を漠然と捉えがちであるが、本書は科学と歴史の目を通したきめ細かな言語化により、これらを構成する要素を解きほぐしていく。
例えば「通りの景観」について。建ち並ぶ建物の外壁が生み出すラインを第1次輪郭線、各建物に設置された袖看板などが生み出すものを第2次輪郭線と規定し、人の視界に占めるそれぞれの比率を示すことで、第1次輪郭線を遮蔽する第2次輪郭線を極力制限すべきだと指摘している。こうした問題提起がその後「日本の街並みにおける大きな問題点」と社会全体で認識されるようになるなど、本書は経済的な豊かさを実現し、ゆとりの生まれた日本において、都市景観のあり方や価値観の基盤を成すバイブルとなった。
しかし初版から約40年を経て、世界の様相や社会の価値観は大きく変わった。人・情報・マネーがボーダレスに行き交い強くリンクする現代の各都市は、混血を深めながらその姿を急速に変えつつある。このように時代が移り変わる中で、本書執筆時に欧米の先進的な試みとして紹介された空中回廊や広場などの事例の中には、現在必ずしも活気溢れるとは言えない場所になっているケースも散見される。もちろんその原因のすべてが空間設計に起因するものではないにせよ。
本書は都市空間を理解する上でのスタンダードを確立したバイブルである。ただその視点は主に「カタチ」や「モノ」からアプローチしたものであることに留意する必要がある。現代の都市は、NYでも上海でもそして東京でも、同じ素材とロジックをベースとして建物やインフラが建設される中で、それぞれが培ってきたカタチのアイデンティティを急速に失いつつある。また、わが国を見ても成長期に社会を覆った「モノが人々の暮らしを豊かにしてくれる」という雰囲気はすでに遠い過去の幻想となり、地域や家族、絆といった「共感」や「繋がり」こそ、暮らしの質を向上させてくれるという理解がスタンダードになっている。つまり現代の都市において人々を惹きつける空間をつくり上げるためには、「カタチ」や「モノ」だけでなく、「コト」の力も考慮することが必要不可欠になっているのだ。
ただ、モダニズムが建築界の絶対的価値観であった時代に書かれた本書に、人間のための空間をカタチやモノだけで考えることの限界についても触れていることは驚くべきことである。著者は『私達のように戦前に建築を学んだ学生にとって、ル・コルビュジエの作品集は、なんと言っても素晴らしい天の啓示であった』としつつ、その美しい成果に実際に訪れた感想として、『この建築群からは、街並みのコンテクストのようなものが生まれてくる機会はほとんどない。建築の構成が幾何学的で、表現が明快であればあるほど、非幾何学的で不明快なものはその存在がゆるされず、空間は明快であるかわり、非人間的なものとなってくる。(中略)また、この建築に入ってみると、どれもこれも表現の幾何学のための建築であって、とうてい人間のための建築“住むための機械”ではなく、“見るための彫刻”であることに思い至らせられたのである』と鋭く看破している。この40年で私たちの社会を取り巻く状況は大きく変わったものの、こうした著者の慧眼に触れる中で、今日の様々な問題への向き合い方も見えてくるのではないだろうか。
「都市景観」と異なり、「街並み」という言葉には「モノ」だけでなく「コト」の温もりも包含する懐の深さがある。本書を繰り返し読みながら、人の心を高揚させる場のあり方にまで発展させた現代の「街並みの美学」の登場を待ちたい。
(文:竹葉徹/デザインオンレスポンス事務局)

Archives